ブランドエクスペリエンスとは
ブランドエクスペリエンス(Brand Experience)とは、顧客がブランドと接するすべての場面で得る体験のこと。「ブランド体験」とも呼ばれる。
一般的には、以下のように定義される。
顧客がブランドを認知し、興味を持ち、購入し、利用し、ファンになるまでの一連の体験プロセス
広告、Webサイト、店舗、接客、商品、アフターサービス。あらゆる接点(タッチポイント)での体験が、ブランドエクスペリエンスに含まれる。
しかし、この定義では本質を見落としている。
ブランドの本当の意味
多くの人がブランドを誤解している。
ブランドとは、ロゴでも、知名度でも、高級感でもない。
ブランドとは、顧客が「〇〇な自分」を手に入れられるもの。
これを理解しないと、ブランドエクスペリエンスの本質は見えてこない。
顧客は「商品」を買っていない
エルメスの顧客は、バッグを買っているのか?
違う。「エルメスを持つにふさわしい自分」を買っている。
Appleの顧客は、パソコンを買っているのか?
違う。「クリエイティブな自分になれる自分」を買っている。
レッドブルの顧客は、エナジードリンクを買っているのか?
違う。「限界を超えられる自分」を買っている。
世界のブランドが提供する「〇〇な自分」
| ブランド | 商品 | 顧客が本当に買っている「〇〇な自分」 |
|---|---|---|
| エルメス | バッグ、スカーフ | 最高のものを使いこなせる自分 |
| Apple | Mac、iPhone | クリエイティブな自分になれる自分 |
| レッドブル | エナジードリンク | 限界を超えられる自分 |
| スターバックス | コーヒー | 心が豊かになる自分 |
| パタゴニア | アウトドアウェア | 地球を守る側にいる自分 |
| テスラ | 電気自動車 | 環境に配慮しながらカッコいい車に乗る自分 |
| ナイキ | スニーカー | 諦めない自分、挑戦する自分 |
| ロレックス | 時計 | 成功者としての自分 |
| ハーレーダビッドソン | バイク | 自由で反骨精神のある自分 |
| ルイ・ヴィトン | バッグ、財布 | 上質なものを選べる目利きの自分 |
ブランドエクスペリエンスとは、この「〇〇な自分」を顧客に届ける体験のこと。
商品の機能や品質だけでなく、顧客が「どんな自分になれるか」を体験させることが本質だ。
なぜブランドエクスペリエンスが重要なのか
1. 機能や価格では差別化できない時代
かつては「いい商品を作れば売れる」時代だった。今は違う。
技術が進歩し、どの会社も似たような品質の商品を作れるようになった。価格競争に巻き込まれると、利益は減る一方。
機能や価格以外で選ばれる理由が必要。それがブランドエクスペリエンスだ。
2. 技術力だけでは勝てない
| 比較 | 結果 |
|---|---|
| Google vs Apple | 技術力はGoogleが上。でも時価総額は? |
| YouTube vs TikTok | 動画数はYouTubeが上。でもユーザー数の伸びは? |
| トヨタ vs エルメス | 実用性はトヨタが圧勝。でも時価総額の推移は? |
エルメスのバッグは、生活に必要か?必要ない。でも、時価総額はトヨタを超える瞬間がある。
「〇〇な自分」を提供できる会社だけが、選ばれ続ける。
3. 顧客は「体験」にお金を払う
現代の消費は「モノ消費」から「コト消費」に移行したと言われる。顧客は、商品そのものではなく、商品を通じて得られる体験に価値を感じる。
スターバックスで400円のコーヒーを買う人は、コーヒーの味だけを買っているわけではない。
- 居心地のいい空間で過ごす時間
- 自分の名前を呼ばれる体験
- 「スタバでMacを開いている自分」という自己イメージ
これらすべてがブランドエクスペリエンスだ。
ブランドエクスペリエンスとカスタマーエクスペリエンスの違い
似た言葉に「カスタマーエクスペリエンス(CX)」がある。混同されやすいが、違いがある。
| ブランドエクスペリエンス(BX) | カスタマーエクスペリエンス(CX) | |
|---|---|---|
| 焦点 | 顧客が「どんな自分になれるか」 | 顧客が「どれだけ満足するか」 |
| 目的 | ブランドへの共感・愛着 | 顧客満足度の向上 |
| 範囲 | 認知〜購入〜ファン化〜推奨 | 主に購入〜利用〜サポート |
| 指標 | ブランドロイヤルティ、NPS | 顧客満足度、リピート率 |
カスタマーエクスペリエンスは「満足させること」。
ブランドエクスペリエンスは「共感させること」。
CXが高くても、BXが低いと、顧客は簡単に競合に流れる。「満足した」だけでは不十分。「この会社が好き」「この会社じゃなきゃダメ」と思わせるのがブランドエクスペリエンス。
ブランドエクスペリエンスの構成要素
ブランドエクスペリエンスは、以下の5つの要素で構成される。
1. 感覚的体験(Sensory Experience)
五感に訴える体験。
- 視覚:ロゴ、パッケージ、店舗デザイン、Webサイト
- 聴覚:店内BGM、CMの音楽、通知音
- 嗅覚:店舗の香り、商品の香り
- 触覚:商品の手触り、パッケージの質感
- 味覚:試食、飲食店の味
例:Appleストア
白を基調としたミニマルな空間。木製のテーブル。製品に自由に触れられる。「シンプルで美しい」というAppleの世界観を五感で体験できる。
2. 感情的体験(Affective Experience)
ブランドに対して抱く感情。
- 喜び、楽しさ
- 安心感、信頼感
- 高揚感、ワクワク感
- 帰属意識、一体感
例:ハーレーダビッドソン
ハーレーのオーナーは、単なる「バイクの所有者」ではない。「ハーレー乗り」というコミュニティの一員。イベント、ツーリング、グッズを通じて、仲間との一体感を感じる。この感情的体験が、他のバイクメーカーとの決定的な違いを生んでいる。
3. 認知的体験(Cognitive Experience)
ブランドに対する知識や理解。
- ブランドの歴史やストーリー
- 創業者の想い
- 商品へのこだわり
- 社会的な取り組み
例:パタゴニア
パタゴニアの顧客は、単に「アウトドアウェアを買う人」ではない。創業者イヴォン・シュイナードの環境への想いを知っている。「このジャケットを買わないで」という広告の意図を理解している。この認知的体験が、「地球を守る側にいる自分」という感覚を生んでいる。
4. 行動的体験(Behavioral Experience)
ブランドとの関わり方、行動パターン。
- 商品の使い方
- サービスの利用頻度
- イベントへの参加
- SNSでの発信
例:ナイキ
Nike Run Clubアプリで走る。自分のランニングデータを記録する。友人と記録を共有する。バーチャルレースに参加する。「走る」という行動そのものがブランド体験になっている。
5. 社会的体験(Social Experience)
ブランドを通じた人とのつながり。
- 同じブランドを愛する人とのコミュニティ
- SNSでの共有
- 口コミ、推奨
例:スターバックス
スタバで友人と会う。インスタに新作フラペチーノをアップする。「スタバ行こう」が友人との合言葉になる。ブランドが人と人をつなぐ役割を果たしている。
ブランドエクスペリエンスの成功事例
世界のブランド企業が、どのようにブランドエクスペリエンスを設計しているか。具体的な事例を見ていく。
1. エルメス(Hermès)
顧客が買っている「〇〇な自分」:エルメスを持つにふさわしい自分、最高のものを使いこなせる自分
ブランドエクスペリエンスの特徴:
- 店舗:一人ひとりに時間をかけた接客。待つことも体験の一部
- 商品:在庫があっても「今日は売らない」判断。希少性を維持
- 修理:数ヶ月かけて丁寧に修理。「一生使える」という体験
- 価格:値引きなし。値下げ要請はすべて却下
なぜこれが機能するか:
エルメスの顧客は「最高のものを使いこなせる自分」を買っている。待たされることも、断られることも、「自分は特別な存在だ」という感覚を強化する。大量生産・即納品では、この体験は生まれない。
2. Apple
顧客が買っている「〇〇な自分」:クリエイティブな自分になれる自分
ブランドエクスペリエンスの特徴:
- 製品:直感的に使える。マニュアル不要
- パッケージ:開封体験(アンボクシング)までデザイン
- 店舗:製品に自由に触れる。「試す」体験
- Genius Bar:専門家に相談できる安心感
- 広告:「Think Different」。常識に囚われない人を称える
なぜこれが機能するか:
Appleの顧客は「自分もクリエイティブになれる」という希望を買っている。難しい操作、分厚いマニュアル、複雑な設定は、この希望を壊す。だからAppleは「シンプルさ」に徹底的にこだわる。
3. スターバックス
顧客が買っている「〇〇な自分」:心が豊かになる自分
ブランドエクスペリエンスの特徴:
- 空間:「サードプレイス」。家でも職場でもない居場所
- 接客:名前を呼ぶ。効率より「心を通わせる瞬間」を優先
- カスタマイズ:自分だけの一杯を作れる
- パートナー:従業員を「パートナー」と呼ぶ。80時間の理念研修
- マニュアル:接客マニュアルがない。「スタバならどうするか」で判断
なぜこれが機能するか:
スタバの顧客は「コーヒー」ではなく「心が豊かになる時間」を買っている。効率を重視した流れ作業では、この時間は生まれない。だからスタバは「効率より心」を選ぶ。
4. レッドブル
顧客が買っている「〇〇な自分」:限界を超えられる自分
ブランドエクスペリエンスの特徴:
- スポンサー:エクストリームスポーツ、eスポーツ
- イベント:成層圏からのスカイダイブ(レッドブル・ストラトス)
- 販売:値引きなし。スーパーよりコンビニを重視(希少性)
- 広告:「翼をさずける」。限界を超える人を称える
なぜこれが機能するか:
レッドブルの顧客は「エナジードリンク」ではなく「限界を超える勇気」を買っている。普通のスポーツ大会のスポンサーでは、この勇気は伝わらない。だからレッドブルは「誰もやったことがない挑戦」に投資する。
5. パタゴニア
顧客が買っている「〇〇な自分」:地球を守る側にいる自分
ブランドエクスペリエンスの特徴:
- 製品:環境負荷の低い素材。長く使える耐久性
- 修理:Worn Wear(修理サービス)。「新品を買うより修理」
- 広告:「このジャケットを買わないで」
- 企業活動:売上の1%を環境団体に寄付
- 意思決定:環境負荷が高ければ、売れ筋商品でも製造中止
なぜこれが機能するか:
パタゴニアの顧客は「アウトドアウェア」ではなく「環境を守る行動」を買っている。大量生産・大量消費では、この行動は成立しない。だからパタゴニアは「買わないで」と言う。
6. テスラ
顧客が買っている「〇〇な自分」:環境に配慮しながらカッコいい車に乗る自分
ブランドエクスペリエンスの特徴:
- 製品:「環境に優しいが遅い車」は作らない。ガソリン車より速い
- 販売:ディーラーなし。直販のみ(体験をコントロール)
- 広告:広告費ゼロ。製品体験がブランド
- 特許:EVの特許を無償公開(競合育成より理念実現)
- OTA:ソフトウェアアップデートで進化し続ける
なぜこれが機能するか:
テスラの顧客は「電気自動車」ではなく「未来の乗り物に乗る先進的な自分」を買っている。「環境のために我慢する」では、この自分は手に入らない。だからテスラは「妥協なく、カッコいいEV」を作る。
ブランドエクスペリエンスを設計する5つのステップ
ブランドエクスペリエンスは、偶然に生まれるものではない。意図的に設計するもの。以下の5つのステップで設計する。
ステップ1:「〇〇な自分」を定義する
まず、顧客が貴社から何を買っているかを明確にする。
問い:
- 競合でも同じ商品が買えるのに、なぜ貴社を選ぶ顧客がいるのか?
- 貴社の商品を買った顧客は、どんな気持ちになるか?
- 貴社の商品を使っている自分を、顧客はどう思っているか?
ステップ2:タッチポイントを洗い出す
顧客がブランドと接するすべての場面を洗い出す。
主なタッチポイント:
- 認知:広告、SNS、口コミ、検索結果
- 検討:Webサイト、資料、レビュー
- 購入:店舗、EC、営業
- 利用:商品、サービス、アプリ
- サポート:問い合わせ、修理、返品
- ファン化:コミュニティ、イベント、メルマガ
ステップ3:各タッチポイントで「〇〇な自分」を体験させる
洗い出したタッチポイントごとに、「〇〇な自分」を体験させる方法を設計する。
例:スターバックス(心が豊かになる自分)
| タッチポイント | 体験設計 |
|---|---|
| 店舗 | 居心地のいい空間。長居OK |
| 注文 | 名前を聞いて、名前で呼ぶ |
| 待ち時間 | バリスタの作業が見える |
| 商品 | カスタマイズで「自分だけの一杯」 |
| SNS | 新作をシェアしたくなるビジュアル |
ステップ4:一貫性を保つ
すべてのタッチポイントで、同じ「〇〇な自分」を体験させる。一貫性がないと、ブランドイメージがぼやける。
悪い例:
- Webサイトは高級感があるのに、店舗は安っぽい
- 広告では「お客様第一」と言っているのに、サポートが冷たい
- SNSではフレンドリーなのに、営業が堅苦しい
良い例(Apple):
製品、パッケージ、店舗、Webサイト、広告。すべてが「シンプルで美しい」で統一されている。
ステップ5:社員全員が体験を再現できるようにする
ブランドエクスペリエンスは、マーケティング部門だけでは作れない。店舗スタッフ、カスタマーサポート、営業、製造。すべての社員が、同じ体験を提供できる必要がある。
方法:
- ブランドの「〇〇な自分」を言語化し、共有する
- 「うちならどうするか」という判断基準を明確にする
- マニュアルではなく、判断基準を教育する
ブランドエクスペリエンスでよくある間違い
間違い1:体験を「満足度」で測る
顧客満足度が高くても、ブランドエクスペリエンスが優れているとは限らない。「満足した」と「好きになった」は違う。
測るべき指標:
- NPS(Net Promoter Score):人に勧めたいか
- ブランドロイヤルティ:また買いたいか
- ブランド想起:〇〇といえば貴社、と思われているか
間違い2:すべての顧客を満足させようとする
ブランドエクスペリエンスは、万人受けを目指さない。「〇〇な自分」を求める顧客に刺さればいい。
例:エルメス
エルメスは「すぐ買いたい」「安く買いたい」という顧客を満足させない。待たせる。断る。値引きしない。でも、「最高のものを使いこなせる自分」を求める顧客には刺さる。
間違い3:体験を「追加」しようとする
ブランドエクスペリエンスは、何かを追加することではない。「〇〇な自分」に不要なものを削ること。
例:Apple
Appleは機能を追加しない。エンジニアが「この機能を追加したい」と言っても、「Appleらしくない」なら却下する。シンプルさを守るために、削る。
ブランドエクスペリエンスと経営
ブランドエクスペリエンスは、マーケティングの話だけではない。経営の話だ。
なぜなら、ブランドエクスペリエンスを実現するには、全社員が同じ方向を向く必要があるから。
- 製造部門は「うちらしい品質」を守る
- 営業部門は「うちらしい売り方」をする
- サポート部門は「うちらしい対応」をする
- 人事部門は「うちらしい人」を採用する
これを実現するには、経営者が「うちらしさ」を定義し、組織に浸透させる必要がある。
それが、ブランドエクスペリエンス経営。
ブランドエクスペリエンス経営については、別の記事で詳しく解説している。
まとめ
ブランドエクスペリエンスとは、顧客が「〇〇な自分」を体験すること。単なる「顧客体験の向上」ではない。
顧客が貴社から何を買っているかを理解し、すべてのタッチポイントでその体験を提供すること。
ポイントは3つ。
- 顧客は商品を買っていない。「〇〇な自分」を買っている。
- すべてのタッチポイントで、一貫した体験を提供する。
- 社員全員が「うちならどうするか」で判断できるようにする。
エルメスの顧客は「最高のものを使いこなせる自分」を買っている。
Appleの顧客は「クリエイティブな自分」を買っている。
スターバックスの顧客は「心が豊かになる自分」を買っている。
貴社の顧客は、何を買っているか?
それを理解することが、ブランドエクスペリエンス設計の第一歩だ。