小学4年のとき、なんとなく思ったんです。
「自分で事業をやるんだろうな」って。
父も祖父も、自分で会社を経営していました。だから、そういうものだと思っていました。
でも、いざ自分の番になると、怖かった。
小学4年のとき、なんとなく思ったんです。
「自分で事業をやるんだろうな」って。
父も祖父も、自分で会社を経営していました。だから、そういうものだと思っていました。
でも、いざ自分の番になると、怖かった。
鹿児島で生まれました。高校は鹿児島玉龍。稲盛和夫さんと同じ学校です。
国立山口大学に進み、名古屋大学大学院まで行きました。
「学歴があれば、失敗しても戻れる」
そう思っていました。本当は、決断を先延ばしにしていただけです。
大学院を出て、就職せずに起業しました。
Webマーケティングの会社を立ち上げました。SEO、コンテンツ制作、広告運用。
「成果を出せば、仕事は来る」
がむしゃらにやりました。
クライアントの売上は上がりました。自分の会社も伸びました。
でも、違和感がありました。
クライアントを見ていて、気づいたんです。
売上が伸びても、社長の電話は鳴り続ける。
組織が大きくなるほど、社長は忙しくなる。
「社長、どうすればいいですか?」
「社長、これで合ってますか?」
社長がいないと、現場が止まる。
それは、僕の会社も同じでした。
無駄を省きました。仕組み化しました。
マニュアルを作り、KPIを設定しました。
「これで回るはずだ」
でも、現場で起きていたのは、働く人が苦しくなる光景でした。
1/3が辞めました。
効率は上がりました。でも、何かが死にました。
仕組み化の前に、やるべきことがありました。
「この会社は、何のために存在するのか」
「顧客に、何を届けたいのか」
「社員は、何を基準に判断すればいいのか」
それを言語化しないまま、効率だけを追い求めていました。
魂のない仕組みは、人を苦しめるだけでした。
社長の頭の中にある判断基準を、会社に宿す。
社員が「社長ならどうするか」ではなく、
「うちならどうするか」で動けるようにする。
これだ、と思いました。
僕の頭の中にある「らしさ」を言語化しました。
判断基準を、社員と共有しました。
「社長、これでいいですか?」が、
「社長、こうしました」に変わりました。
電話が減りました。僕がいなくても、現場が回り始めました。
SEO支援事業を譲渡しました。
売却後、僕は現場から完全に離れました。
でも、何も変わりませんでした。
社員は、僕がいなくても
「うちらしい判断」をしていました。
顧客は、僕がいなくても満足していました。
「社長がいなくても回る会社」を、自分で証明しました。
社長が現場から離れられない会社を、
社長がいなくても回る会社に変える。
社長の魂を、会社に宿す。
100年先、社長がいなくなっても、
顧客に届き続ける会社をつくる。
それがブランドエクスペリエンス経営です。
僕は、これを届けたいんです。
YUKI HARADA
i-SHOT株式会社 代表取締役
| 1993年 | 鹿児島県生まれ |
|---|---|
| 2012年 | 鹿児島玉龍高校 卒業 |
| 2016年 | 国立山口大学 卒業 |
| 2017年 | 名古屋大学大学院 修了 |
| 2017年 | 個人事業主としてmedifund立ち上げ |
| 2019年 | i-SHOT株式会社 設立 |
| 2025年 | SEO支援事業 事業譲渡 |
| 現在 | ブランドエクスペリエンス経営支援に注力 |
筋トレ歴1年で、
ベストボディジャパン東海大会
ファイナリストになりました。
逃げ続けてきた僕が言うのもおかしいですが、
やると決めたら、やります。
あなたの会社のブランドも、必ず形にします。
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