僕は、逃げ続けてきた。

小学4年のとき、なんとなく思ったんです。

「自分で事業をやるんだろうな」って。

父も祖父も、自分で会社を経営していました。だから、そういうものだと思っていました。

でも、いざ自分の番になると、怖かった。

保険のために、大学院まで行った。

鹿児島で生まれました。高校は鹿児島玉龍。稲盛和夫さんと同じ学校です。

国立山口大学に進み、名古屋大学大学院まで行きました。

「学歴があれば、失敗しても戻れる」

そう思っていました。本当は、決断を先延ばしにしていただけです。

2017年、やっと腹を括った。

大学院を出て、就職せずに起業しました。

Webマーケティングの会社を立ち上げました。SEO、コンテンツ制作、広告運用。

「成果を出せば、仕事は来る」

がむしゃらにやりました。

クライアントの売上は上がりました。自分の会社も伸びました。

でも、違和感がありました。

売上は上がったのに、社長が現場から離れられない。

クライアントを見ていて、気づいたんです。

売上が伸びても、社長の電話は鳴り続ける。
組織が大きくなるほど、社長は忙しくなる。

「社長、どうすればいいですか?」

「社長、これで合ってますか?」

社長がいないと、現場が止まる。

それは、僕の会社も同じでした。

効率を追い求めた結果、人が離れた。

無駄を省きました。仕組み化しました。
マニュアルを作り、KPIを設定しました。

「これで回るはずだ」

でも、現場で起きていたのは、働く人が苦しくなる光景でした。

1/3が辞めました。

効率は上がりました。でも、何かが死にました。

僕は、順番を間違えていた。

仕組み化の前に、やるべきことがありました。

「この会社は、何のために存在するのか」

「顧客に、何を届けたいのか」

「社員は、何を基準に判断すればいいのか」

それを言語化しないまま、効率だけを追い求めていました。

魂のない仕組みは、人を苦しめるだけでした。

ブランドエクスペリエンス経営に出会った。

社長の頭の中にある判断基準を、会社に宿す。
社員が「社長ならどうするか」ではなく、
「うちならどうするか」で動けるようにする。

これだ、と思いました。

自分の会社で実験した。

僕の頭の中にある「らしさ」を言語化しました。
判断基準を、社員と共有しました。

「社長、これでいいですか?」が、

「社長、こうしました」に変わりました。

電話が減りました。僕がいなくても、現場が回り始めました。

2025年、事業を売却した。

SEO支援事業を譲渡しました。

売却後、僕は現場から完全に離れました。

でも、何も変わりませんでした。

社員は、僕がいなくても
「うちらしい判断」をしていました。
顧客は、僕がいなくても満足していました。

「社長がいなくても回る会社」を、自分で証明しました。

僕がやりたいのは、これだ。

社長が現場から離れられない会社を、
社長がいなくても回る会社に変える。

社長の魂を、会社に宿す。

100年先、社長がいなくなっても、
顧客に届き続ける会社をつくる。

それがブランドエクスペリエンス経営です。

僕は、これを届けたいんです。

原田 悠暉

原田 悠暉

YUKI HARADA

i-SHOT株式会社 代表取締役

経歴

1993年 鹿児島県生まれ
2012年 鹿児島玉龍高校 卒業
2016年 国立山口大学 卒業
2017年 名古屋大学大学院 修了
2017年 個人事業主としてmedifund立ち上げ
2019年 i-SHOT株式会社 設立
2025年 SEO支援事業 事業譲渡
現在 ブランドエクスペリエンス経営支援に注力

やると決めたら、やる。

筋トレ歴1年で、
ベストボディジャパン東海大会
ファイナリストになりました。

逃げ続けてきた僕が言うのもおかしいですが、
やると決めたら、やります。

あなたの会社のブランドも、必ず形にします。

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