経営計画発表会(経営方針発表会)は、ふだん別々の店舗や現場で働いている社員が、年に一度だけ同じ場所に集まる貴重な機会です。だから社長のスピーチでは、経営の話より現場の目線に立った話を優先します。「この1年のねぎらい → お客様に喜ばれた場面 → 今期お客様に届けること → 社員への約束 → 明日からの一歩」の順に組むと、現場の社員に届きます。売上や利益の数字は社長が話さず、役員や部門長に説明してもらいます。
この記事では、この順番で書いたスピーチの例文と、話すときに気をつけること、スピーチの前後に置く式次第、3か月前からの準備までを紹介します。
発表会はふだん顔を合わせない現場の社員が集まる年に一度の機会
店舗や営業所、工場、シフトが違えば、同じ会社の社員でも一年中顔を合わせないことは珍しくありません。発表会はその社員たちが同じ場所に集まり、同じ話を聞く年に一度の機会です。
経営者としては、業績や市場の動き、来期の戦略といった経営の話をしたくなるものです。けれど、そうした話は役員会や幹部会議でもできます。現場の社員がほかの店舗や現場の仲間の仕事を知り、自分の仕事に誇りを持ち直す。これは発表会でしかできません。私は発表会の目的を現場の社員の意識を高めることに置き、社長の話もその目的から組み立てることをお勧めしています。
今期の売上目標は前年比110%
雨の日、お客様を車まで傘で送った北店の〇〇さんの話
市場環境と競合の動き
お客様がうちの現場で実際に口にした言葉
業務効率化と生産性の向上
現場から上がった「お客様と話す時間がない」という声に、会社がどう応えるか
業績が悪かった年こそ発表会を開く
業績が悪かった年は、発表会を開くか迷うかもしれません。そういう年こそ、社長が結果の責任を引き受け、今期どう立て直すかを自分の言葉で伝える場が必要です。そのうえで、お客様に喜ばれた場面があったことを全員で確かめると、社員は前を向いて今期を始められます。
社長のスピーチはねぎらい→お客様の場面→今期の約束→明日の一歩の順で話す
私は、発表会の聞き手の主役は現場を回している社員だと考えています。現場の社員がまず「聞きたい」と思える話であること。そのうえで、聞いて明日からの仕事に役立つ話であること。この順に並べると、スピーチは次の5つの部分になります。
- 1この1年のねぎらい(1分)数字の結果より先に、それぞれの現場でお客様のために働いてくれたことへの感謝を伝える
- 2お客様に喜ばれた場面(4分)前期にある現場で実際にあった出来事を1つ。関わった社員の名前とお客様の言葉を添え、ほかの現場の社員にも知ってもらう
- 3今期お客様に届けること(5分)会社は何のためにあるのか。今期は何を優先し、何をやめるのか。一文で言える形にする
- 4社員への約束(3分)現場から上がった困りごとに、会社がどう応えるか。結果の責任は社長が持つことも、ここで伝える
- 5明日からの一歩(2分)全員にお願いしたいことを1つだけ。数字の計画はこのあと役員や部門長から説明すると伝えて渡す
よくある発表会では、社長が前期の売上の振り返りから話し始め、今期の数字の目標を示し、最後に「がんばろう」で締めます。この順番だと、社員にとっては「去年の成績表と今年のノルマを聞かされる時間」になります。お客様の話から入ると、社員は自分たちの仕事が誰の役に立ったかを確かめたうえで、今期の話を聞けます。
経営計画発表会のスピーチ例文(約15分)
営業所が2つ、社員30人ほどの会社を想定した例文です。お客様の場面、社員の名前、今期の方針は、御社のものに置き換えてください。
皆さん、この1年、本当にありがとうございました。今日は、ふだんは別々の営業所や現場で働いている皆さんが、年に一度だけ同じ場所に集まる日です。数字の話は、このあと部長からしてもらいます。私からは、皆さんの現場で起きたことの話をします。
2. お客様に喜ばれた場面去年の秋、北営業所の〇〇さんが担当したお客様から、お手紙をいただきました。「工事の日、母が不安がっていたら、〇〇さんが毎朝声をかけてくれた。家が新しくなったことより、それがうれしかった」と書いてありました。〇〇さん、ありがとう。南営業所の皆さんは、〇〇さんと話したことがない方も多いと思います。休憩のときに、ぜひ声をかけてみてください。同じ会社に、こういう仕事をしている仲間がいることを、皆さんに知ってほしいのです。うちの仕事は、家を直すことだけではないのだと、私はこの手紙であらためて教わりました。
3. 今期お客様に届けること今期、私たちは「この会社に頼んでよかった」と、お客様が家族に話したくなる仕事を、すべての営業所、すべての現場で届けることに力を注ぎます。そのために、工期を短くして件数を増やす取り組みは、今期はやめます。一件一件のお客様と話す時間を、削らないためです。
4. 社員への約束去年、現場の皆さんから「段取りに追われて、お客様と話す時間がとれない」という声をたくさん聞きました。私から約束します。今期は人を増やし、段取りの仕事の一部を事務所で引き受けます。会社の業績の責任は、私が持ちます。皆さんには、目の前のお客様に集中していただきたいと思っています。これまで私は、このことをきちんと言葉にできていませんでした。それは私の責任です。
5. 明日からの一歩最後に、明日から一つだけお願いがあります。現場で迷ったときは、「このお客様は、家族にこの会社のことを何と話すだろう」と考えてみてください。答えが出たら、それがうちのやり方です。このあと、部長から今期の計画を説明してもらいます。今年も、一緒にいい仕事をしましょう。
例文では売上の目標にまったく触れていません。社長のスピーチでは、現場の社員が自分の仕事の話として聞けることに時間を使ってください。ほかの現場の社員にも届くように、ある現場の出来事を紹介する。現場から上がった声に、会社としてどう応えるかを約束する。今期やめることを1つ入れると、優先することがはっきり伝わります。
社員に届くスピーチにするために気をつける4つのこと
数字から入ると社員は自分の話として聞けない
売上や利益の目標から話し始めると、社員には「会社の都合の話」として聞こえます。業績の数字は社員が自分の手で直接動かせるものではないからです。最初に話すのは、今期お客様に何を届けたいか、そのために社員に何を約束するかです。数字はその意思を実現するための道のりとして、役員や部門長から説明してもらうことをお勧めします。給料や賞与の話を、社員に「会社の都合」と受け取られずに伝えたいときは、社員に安心して聞いてもらえる報酬と業績の伝え方をご覧ください。
社員がふだん使う言葉で話す
「ブランド」「ビジョン」「ステークホルダー」のような言葉は、経営者には身近でも、現場の社員には遠く聞こえることがあります。社員に向けた発表会では、社員が仕事で使っている言葉に置き換えてください。「ブランド力を高める」より、「お客様に、またあなたに頼みたいと言っていただける仕事をする」のほうが、社員は自分のこととして聞けます。
社長が一方的に話すだけでは社員に伝わりにくい
社長が熱を込めて話すほど伝わる、とは限りません。パーソル総合研究所が2023年4月に正社員を対象に行った調査では、会社の理念を伝える方法として最も多く行われていたのは、全体説明会や社内報のような一方通行の方法でした。けれど、理念が社員に浸透することとはっきり結びついていたのは、研修や車座での対話のような、社員が話し手にもなる方法のほうでした。理念を伝える場面に社長や会長が登場しても、浸透にプラスの影響は確認されず、効いていたのは課長やリーダーの登場でした(パーソル総合研究所「企業理念と人事制度の浸透に関する定量調査」。調査会社のモニターを使ったインターネット調査)。
社長が一方的に話す
社員も話し手になる
社長の話が無駄だという意味ではありません。部門長や課長が社長の話を自分の部門の言葉で言い直し、社員がそれを聞いて自分の言葉で返す。そこまでつながる場として発表会を組むことが大切です。
経営者としてより、ひとりの人として話す
立派な経営者として整った話をしようとすると、社員には遠い話に聞こえます。うまく伝えられていなかったことがあれば、「これまで伝えきれていなかったのは私の責任です」と、ひとりの人として先に伝えるほうが、社員は耳を傾けてくれます。
原稿は読んでもいいが約束の場面は顔を上げて話す
原稿を読みながら話してもかまいません。ただ、原稿から目を上げる場面を必ずつくってください。とくにお客様に喜ばれた場面と社員への約束のところは、原稿を見ずに社員の顔を見て話すと伝わり方が変わります。原稿は、声に出して読んだときに自分の言葉に聞こえるまで直しておきます。
スピーチの前後に置く式次第の例(2〜3時間)
経営計画発表会(経営方針発表会)は、期の始めに社長が全社員を集め、今期の方針と計画を伝える年に一度の会です。一般的には「理念の唱和 → 前期の振り返り → 今期の方針と数字 → 部門発表 → 表彰 → 懇親会」の順で進みます。社長のスピーチを社員に届けるには、式次第も社員が聞きたい話を先に、数字を後ろに置く順番にそろえます。
- 5分開会。「この1年、お客様のためにありがとう」と社長が一言伝える
- 15分前期お客様に喜ばれた場面の紹介。関わった社員の名前と一緒に
- 15分社長の話。今期お客様に何を届けるか。そのために社員に約束すること
- 30分今期の方針と数字。役員や部門長が社長の話を実現する道のりとして説明する
- 40分部門ごとの発表。自分たちはお客様のために何をするかを、部門の言葉で
- 20分表彰。売上だけでなく、お客様に喜ばれた行動を称える
- 10分閉会。社長が「明日からまず何をするか」を1つだけ伝える
スピーチの準備は3か月前に社員の声を集めるところから始める
発表会の出来は当日より準備で決まります。とくに社員の声を集める時間を最初にとっておくと、当日の話が社員に届きやすくなります。
- 13か月前:社員の声とお客様の場面を集める「発表会で何を聞きたいか」「前期、お客様に喜ばれたのはどんな場面か」を、部門長を通して集める
- 22か月前:社長が方針の骨子を決める今期お客様に何を届けるか。何を優先し、何をやめるか。これを一文で言える形にする
- 31か月半前:部門と一緒に計画と数字をつくる社長の方針から部門ごとの計画と数字を部門長が組み立てる。経営計画書にまとめる場合はここで
- 41か月前:会場・表彰・部門発表の準備会場を押さえ、表彰する人と理由を決め、部門発表の担当を決める
- 52週間前:通しのリハーサル社長の話は声に出して時間を計る。部門長にも聞いてもらい、社員に通じない言葉を直す
社員を聞き手から参加者に変える
座って聞くだけの時間が長いほど、社員は他人事になります。発表会の中に、社員が話し手になる時間を入れてください。
| 工夫 | やり方 |
|---|---|
| お客様の場面を社員が話す | 前期にお客様に喜ばれた出来事を、関わった社員本人に2〜3分で話してもらう |
| 部門発表は部門の言葉で | 部門長が社長の方針を「うちの部門では何をするか」に言い直して発表する |
| 表彰の理由を具体的に | 売上の順位だけでなく、「お客様にこう言われた」という行動を理由に表彰する |
| 席を拠点ごとに分けない | 店舗や営業所ごとに固まらないよう、席を混ぜる。ふだん関わらない社員同士が隣の人の仕事を知るきっかけになる |
| 運営を社員に任せる | 司会や進行、会場の準備を、若手を含む社員のチームに任せる |
| 最後に一人ひと言 | テーブルごとに「明日からやること」を1つずつ話してもらう |
お客様から逆算して社員の判断の基準をつくり、現場に根づかせるまでの全体を、セミナー動画にまとめています。発表会で何を伝えるかを考えるときにも、スキマ時間でご覧いただけます。
セミナー動画を見る銀行や取引先を招くと社外の信頼にもつながる
経営計画発表会に、取引のある銀行の支店長や取引先を来賓として招く会社があります。よく知られているのが、小山昇氏が代表取締役を務める株式会社武蔵野です。武蔵野は、方針・数字・予定を1冊にまとめた手帳型の経営計画書、経営計画発表会、定期的な銀行訪問の3つを、銀行との取引の土台として続けています。
招かれた銀行の人は、社長の話だけを聞いているわけではありません。武蔵野が紹介している話では、ある融資担当者は発表会の場で役職の低い社員の様子を観察しているそうです。役職の低い社員にまで社長の考えが伝わっているかどうかが、会社の信用につながるからです。武蔵野は、社長が本音で語る様子、社員が居眠りをせずに聞く様子、全員の立ち居振る舞いがそろっている様子を見せることを、銀行を招く目的に挙げています(「中小企業の社長が知るべき金融機関との付き合い方 第3回 融資を引き出す3点セットとは」提供:株式会社武蔵野)。
来賓を招くかどうかは会社の考え次第です。ただ、社外の人に見られていると思うと、社長も社員も準備に力が入ります。初めての年は社員だけで開き、2年目から取引先や銀行を招く、という進め方もあります。
社員10〜30人の会社なら会議室で半日あれば開ける
ホテルの宴会場を借りる必要はありません。社員が10〜30人ほどなら、社内の会議室や近くの貸し会議室で、半日あれば十分です。小さな会社には小さな会社ならではの開き方があります。
| 項目 | 小さな会社でのやり方 |
|---|---|
| 時間 | 2時間ほど。終わったあとに食事会を1〜2時間 |
| 会場 | 社内の会議室か貸し会議室。社外の会場にすると、ふだんの仕事から気持ちを切り替えやすい |
| 資料 | 経営計画書は数ページでよい。今期お客様に何を届けるか、部門の計画、年間の予定の3つがあれば足りる |
| 部門発表 | 部門がなければ、一人ずつ「今期お客様のためにやること」を発表する |
| 社長の話 | 人数が少ないぶん、一人ひとりの名前を出して前期の働きに触れられる |
社員が少ないうちは、社長が全員の仕事を見られます。けれど人が増えて社長の目が届かなくなったとき、社員が迷わずに判断できるかどうかは、毎年どれだけ方針を共有してきたかで決まります。人が少ないうちに始めておくと、全員と話しながら方針の言葉を確かめられます。
発表会を翌日からの仕事につなげる
発表会で話した方針は、翌日からの仕事で使われて初めて意味を持ちます。発表会を「年に一度の行事」で終わらせないために、次のことを続けてください。
翌日:いつもどおりの朝礼に戻る
部門ごとに発表会で決めた「明日からやること」を確かめる
毎月の会議:数字の達成率だけを確認する
最初の5分で、方針どおりにお客様に喜ばれた場面を話す
迷ったとき:上司が答えを出す
「今期の方針に照らすと、どうする?」と問い返す
次の発表会:また一から準備する
1年間に集めたお客様の場面が、そのまま次の発表会の材料になる
迷ったときにすぐ取り出せる短い言葉に方針をまとめておくと、日々の判断で使われやすくなります。方針や理念を現場の判断で使ってもらう手順は、唱和だけで終わらせない理念の浸透のさせ方でご覧ください。