KPIを決めて、毎月の会議で達成率を確認する。まっとうなやり方のはずなのに、KPIをきちんと運用している会社ほど「数字の報告が暗い」「目標未達が当たり前になった」という声を伺います。

原因はKPIを設けたことではなく、数字の出発点にあります。従業員には、売上から逆算した数字が「会社の都合で決まった数字」として届きます。お客様が現場でしている行動から数字を決め直すと、同じ「数字を追う」でも、現場の動きが変わります。

私はWebマーケティングの会社を7年経営し、KPIを1つ変えるたびに翌週の現場が変わるのを見てきました。その決め直し方を実際の会社の例と一緒にお伝えします。

なぜKPIを追わせるほど人が離れるのか

少し想像してみてください。

「今日、帰りに卵を買ってこなかったら、晩ご飯抜きだからね!」

奥様にこう言われて、卵を買いたくてたまらなくなるでしょうか。おそらく卵は買って帰りますが、足取りは重いはずです。業績から逆算したKPIを部下に課すのは、これとよく似ています。

言っていることが正しいので、言われた側は反論できず、黙って数字を追い、少しずつ疲れていきます。理由はひとつです。

従業員は、会社の業績を上げることに、経営者ほど興味を持っていない。

従業員にとって、「自分が変われば給料が上がる」は遠回りに見え、「会社が変われば給料が上がる」は近道に見えます。社長にとって給料は会社の利益から出ていますが、本人の頭の中では順番が逆で、「会社が先に払ってくれれば、自分はもっと働く」のです。そこへ業績から逆算した数字を渡しても、追うほど会社との距離が開いていきます。

それでも辞めずに働き続けてくれているなら、その会社は従業員にとって居心地のいい場所になっています。それはブランドが育っている証拠です。

その居心地を壊さずに業績を上げるために、KPIの決め方を変えます。

数字はお客様が現場でしている行動から決める

出発点を業績目標から次の問いに置き換えます。

このブランドが選ばれているなら、お客様は現場でどんな行動をとっているか。

その行動を現場で1回ずつ数えられる形にして、部下に渡します。業績の数字はこれまでどおり経営者がご覧ください。

美容院の例です。会社の粗利益を上げたい店で、スタイリストに追わせる数字を「指名獲得数」から「お客様からもらったお土産の数」に変えました。

KPIスタイリストの指名獲得数

KPIスタイリストがお客様からもらったお土産の数

現場新人への教育が手薄になり、スタイリストが独立していく

現場新人の教育とチームプレイが進む

結果離職が止まらず、業績の改善も止まる

結果採用・教育の費用が減りながら、売上も営業利益も増えた

同じ店でも渡す数字で現場が変わる 追わせる数字を「指名」から「お土産」に変えただけで、新人の教育とチームプレイが進みました。

私の会社と従業員200名の会社で起きたこと

私の会社では、担当顧客ごとの粗利額をクライアントサイトの「検索1位獲得率」に変えました。

粗利額を追っていた頃は、人件費を削ることに意識が向き、優秀なスタッフが業務を抱え込みました。採用が追いつかず、クライアントへ納期の延期をお願いするまでになりました。

1位獲得率に変えてからは、専門家と接客担当の役割分担が進み、接客スタッフが自分から学び始めました。実務経験者を採用しなくてもクライアントの成果が出続け、営業利益が増えました。

規模の大きな会社でも試しました。医療用品レンタル業、従業員200名、売上34億円の会社の経営者から、こんなお話を伺いました。

「経営計画発表会で『自分のサービスに自信がある人、手を挙げて』と言ったら、200名中3人でした。悔しかった。それまでは店舗ごとに売上目標を課して、事務所に貼っていました。」

一緒に決め直したKPIはお客様の「元気になったら何をやりたいか」を聞けた数です。

「これを聞ける関係を作ろうとするので、まず接客が変わりました。希望を聞けると福祉用具の提案が変わり、担当が交代しても意図が引き継がれるようになりました。
いちばん驚いたのは自分です。同じ商談をしていて『楽しい』と感じた。だからこの会社は選ばれてるんだ、と考えながら話を聞くようになりました。」

売上目標は事務所の壁に貼られていました。新しいKPIはお客様との会話の中にあります。数字の置き場所が変わると、社員が毎日やることも変わります。

変わった会社では頼んでいない改善が起きる

弊社で起きた場面をひとつだけお見せします。時給1,200円で入った、業界未経験のスタッフがいました。ある月、いつもは15日にできあがる月次決算が5日に私の机の上にありました。誰にも頼まれていないのに、本人が集計を自動化していたのです。

理由を聞くと、「毎月同じ作業だったので」。それだけでした。

やる気とは、朝礼で大きな声を出すことではありません。

社長の知らないところで、頼んでいない改善が勝手に起きていることです。

業績の数字は経営者の机の上に残す

「お客様の行動を数えるだけで、本当に業績は上がるのか」と感じられた方もいらっしゃると思います。業績の数字を見なくていい、ということではありません。見る人を分けます。

売上や利益、粗利率はこれまでどおり経営者がしっかりご覧ください。ビジネスモデルを組み立て、数字の辻褄を合わせるのは経営の仕事です。部下には、その数字ではなく、お客様に喜んでいただくために現場で起こせる行動の数字を渡します。

業績はその行動の結果としてあとからついてきます。指名の数からお土産の数に追う数字を変えた美容院でも、そのあとで売上と営業利益が増えました。数字を見ることと数字を話の入口にすることは、別のことです。

新しいKPIは渡す前に2つの点検をする

お客様の行動から決めた数字でも、そのまま渡すと思わぬ動きを生むことがあります。私は部下に渡す前に2つの点検をお勧めしています。

  1. 1追い求めたとき、お客様の「なりたい自分」を壊さないか数字を追う姿が、お客様の望みと同じ向きを向いているか
  2. 2数字だけで人を評価していないか数字は現場で何が起きたかを聞くための入口にする
良い数字でも渡す前に確かめる どちらかに引っかかる数字は現場を思わぬ方向に動かします。

点検1:追い求めたときにお客様の「なりたい自分」を壊さないか

美容院で「1日に何人のお客様を担当したか」を追わせたとします。回転を上げようとすると、施術がどうしても慌ただしくなります。美容院にいらっしゃるお客様の多くは、きれいになることに加えて、ゆったりした時間の中でくつろぐ自分を求めています。数字を追うほど、その時間が削られていきます。

窓から光が入る静かな美容院。鏡の前の椅子と、タオルとお茶が置かれた台
お客様はくつろぐ時間を買っている 回転数を追わせると、真っ先に削られるのがこの時間です。

反対に、ノルマがあることでお客様の望みが強まる場合もあります。目標の達成を支えるコンサルティング会社で担当者に厳しいノルマがあると、その必死さがお客様に伝わり、「本気で向き合ってくれている」と感じていただけます。ノルマの有無より、その数字を追う姿がお客様の望みと同じ向きかどうかを確かめてください。

点検2:数字だけで人を評価していないか

どんな数字も、追わせればごまかす方法が生まれます。お土産の数でも、聞けた希望の数でも同じです。KPIの数字だけを見て、誰がよく働いているかを判断するのはお勧めしません。

数字は現場で何が起きているかを知る入口として使ってください。数字が動いたら、その裏でどんな場面があったのかを本人に聞く。お客様が何とおっしゃったのかを聞く。その会話のほうが数字よりずっと多くのことを教えてくれます。

追ってもらう数字は1つか2つに絞る

決め直したKPIが良いものに見えると、あれもこれもと足したくなります。けれど、数字は少ないほど現場が動きやすくなります。

計器が多すぎると迷う見るのは1つか2つお客様の行動を数える数字だけ
計器を減らすほど人は目の前に集中できる 飛行機の操縦席のように数字が並んでいても、現場は迷うだけです。追ってもらう数字は、お客様の行動を数える1つか2つに絞ります。

見るものが絞られているとき、人は夢中になれます。スポーツに打ち込んでいる子どもの目にボールしか入っていないのと同じです。何を追えばいいかがはっきりしていれば、社員は迷わず目の前のお客様に集中できます。

新しい数字を1つ足すなら、古い数字を1つ外してください。「これはもう追わなくていいです」と伝えるほうが、足すよりずっと効きます。

給料と結びつけるときは順番に気をつける

決め直したKPIを評価や賞与と結びつけたくなることもあると思います。そのときは、順番に気をつけてください。

「この数字を達成したら給料を上げる」と伝えると、どれほど良い数字でも、社員には会社の都合で決まった条件に聞こえます。私は安心して働くための基本給は条件をつけずに先に約束し、お客様に喜んでいただけたことへの上乗せにだけ、行動の数字をつなげることをお勧めしています。

給料と業績の話を社員にどう伝えるかは、社員に安心して聞いてもらえる報酬と業績の伝え方でご覧ください。

明日の会議の前にKPIを1つ置き換える

手元の紙に、次の3つを書き出してみてください。全部のKPIを変える必要はなく、まず1つで十分です。例として、スタイリストに指名の数を追わせていた美容院で考えます。

  1. 1いま部下に追わせている数字を1つ書き出す例:スタイリストの指名獲得数
  2. 2お客様が貴社を選び続けているなら、そのお客様は現場で何をしているかを書く例:担当のスタイリストにお土産を持ってきてくださる
  3. 3その行動を現場の社員が1回ずつ数えられる形にする例:スタイリストがお客様からもらったお土産の数

2で手が止まったら、最近お客様から言われて嬉しかった言葉を思い出してください。その言葉が出たときにお客様がしていたことが、そのまま2の答えになります。

3で出てきた数字を次の会議で1つだけ試してみてください。

ここでお話しした「ブランド逆算KPI」は、ブランドから逆算して組織のすべてを設計する「ブランドエクスペリエンス経営」の、数字にかかわる一部分です。全体の考え方は下のセミナー動画でご覧いただけます。